2020年07月28日

秘境カレン族村に長年の親しい学校教師の結婚式に苦難の参加?

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 新郎新婦へのお祝いの手首への聖糸に並ぶ人々

 チェンマイでの日本語教育普及関係で、長年のお付き合いをさせて頂いているカレン族の女性教師がいる。彼女は、現在は故郷で実家のあるチェンマイ県サムーン郡ボーケーオ地区にある、ドキュメンタリー映画「子供たち海へ行く(デックトー)」で一躍有名になったメートー学校に勤務している。その彼女が実家のカレン族村で結婚式をするので、自動車に家族3人と親せきの子供1人の4人乗って出かけることに。本当は、4月下旬だったのだが、新型コロナ禍で3カ月遅れてしまった。・・・

 チェンマイ県の山国と言われるサムーン郡。だいぶ前に1度だけ、泊りがけで訪問した彼女の実家。悪路で山奥のさらに山奥の秘境にポツンとある、カレン族村だったとのおぼろげな記憶しかない。そして、近くのお山の上にあるモン族小学校を訪ねた時、学校敷地の周りになんと桜が満開。思わず“懐かしい日本の4月の学校”の光景が重なり合ったのが、今でも心に焼き付いている。

 今回も、こんなくねくねの細い舗装道の先に村などないだろう。そのように幾度も呟きながらも、庵から2時間半以上、自動車をノンストップで走らせて、ようやくわずかに見覚えのある彼女の家に到着。以前に、家を新築したとは耳にしていたのだが、昔泊めてもらった母屋を前後から挟むように、2棟の新しい木造家屋が建っていた。

 確か泊めてもらったのは冬の1月で、山奥の寒さで高床式の家の火種の残る囲炉裏の周りで寝させてもらった。昔ながらのカレン族集落で、村の女たちは高床の下でカレン布の手織りにいそしんでいた。集落自慢の近くの滝にも連れて行ってもらった。そんなことはよく覚えている。

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 テント下にも大勢の参列者が集まる

 そんな懐かしい思い出に浸る間もなく、びっくりするほど大勢の人が集まった中を、新母屋の高床式2階広間に上がる。広間奥では、並んで座って待ち受ける新郎新婦は、お祝いの挨拶を受けている。挨拶する人が後ろに座って列をなしているので、我々の順番になっても、新郎新婦の手首に白い木綿の紐を結んで、「おめでとう!」とひと言伝えるのが精いっぱい。すぐに階段を下りて、空き地のテント下のテーブルにつく。

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 新郎新婦の横には必ず白い貫頭衣の未婚の娘さんが付きそうのです

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 新郎新婦も伝統カレン族衣装

 別の小さな舞台では、学校の先生仲間がカラオケで、陽気に歌って踊って、祝いの場を盛り上げている。村人はもちろん、学校関係者、大学の友達、教え子たちと、よくぞここまで多く集まったものだとちょっとうれしい驚き。これも、彼女の活動と人柄がおのずと集めたものであろう。

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 新郎はオムコイ郡の同じカレン族青年のようです

 日本語教育活動関係で、チェンマイには彼女と親しい日本の方が数多くいる。ところが、この新型コロナ禍で日本からもチェンマイからも、来たくても来られなくなった方が大半のようだ。日本人としては私ともう1人のチェンマイロングステイのお年寄り男性のHさんの2人だけのようだ。たぶんだが、新型コロナ禍がなかったら、知り合いの日本人が十人以上は、結婚式に駆け付けたに違いない。

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 ジャガイモも煮込んだ豚もどの皿の料理も美味しい!ちょっと辛いのもありますが。

 新郎新婦への挨拶の後は、仮設テント下のテーブル席で、久しぶりにお会いした知り合いの日本の方と世間話をして、出された昼食を食べながら過ごす。

 カレン族の伝統結婚儀式に興味があるのだが、それには集落の中に前日から泊まり込んでいないと無理であろう。昼食をテントの下で頂いた後にお暇することに。やはり、いろいろお話を聞くのには、式後の暇なときに、改めてお会いするのが必要であろう。

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 彼女と友人との記念写真・崩御したラーマ9世の肖像画が印象的

 昼食後に、この式のために早朝に捌(さば)いたであろう、大きな豚の前足と頭の部分を太い竹に通して、男衆2人が前後で担いで、ピックアップの荷台に乗せた。あまりのグロテスクな豚だったので、さすがに写真は遠慮した。

 他の山岳民族もそうであろうがめでたい儀式には、饗宴用に必ず豚1頭を捌く(さばく)ようだ。これなどは、前夜から泊まり込みでないと見学できない。聞けば、このでかい頭豚(?)は、新郎の家があるオムコイ郡の実家へのおすそ分けとするのがカレン伝統結婚式との事。

 また、昼食後お暇するのに、集落の狭い道を戻るのに、その道を練り歩く村人の行列に出くわす。狭い道なので、追い越しもできずに、行列の後を徐行運転しなければならなかった。ハンドルを握って運転する連れ合いは、さすがに苛立って、車窓を開けて、先に通してくれと行列最後部の村人に頼む。

 すると、結婚式後に、新郎が実家に戻る場合には、新婦の親父さんが村外れまで、行列作って見送りする。「それが、カレン伝統結婚式なので、もうちょっと先が村外れになるので、追い越すのは我慢してくれ!」とのこと。新郎は緑のビンのチャーンビール片手に歩いているので、カレン族の新郎はビールを、ある程度飲めないと結婚できないのかしらん?

 コンクリート舗装ではあるが、こんなくねくね、アップダウンの激しい山道。対向車が来ないことを祈りつつ運転しなければならない。ボーケーオ地区の幹線道路に戻ってきてほっと安堵。

 もう1度小山の上の小学校に桜咲く1月に、彼女の家に2泊3日程度のホームステイに来たいものだ。そして、山奥の隠里のようなこのカレン族の集落の人々の生活ぶりを体験したいものだ。観光山岳民族ホームステイも悪くはないが、“自分の見る目が試される”、そう・・・本来のカレン族村ホームステイにチャレンジして見たいものだ。

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posted by 新明天庵 at 07:00| Comment(1) | 山岳民族村ホームステイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
オムコイ、カレン族、日本語とあったので、6年前にパンティッププラザの日本の事務所(現在は閉鎖)で知り合ったオムコイ出身・カレン族の40代の男性、今回の新郎新婦と知人かどうか分かりませんが、思い出しました。訪チェンの時には一緒にビールを飲み食事をしたりしてお世話になっており、日本語が堪能です。私、昨年9月に訪チェン、3月に訪チェンしたかったのですがコロナ禍のため今後いつ行けるが見通しは立ちません。
Posted by カップ at 2020年08月02日 14:38
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