2018年09月17日

チェンマイ田舎庵の隣り地区の知り合いの日本老人の葬式・その3

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 葬式で配られる故人名の入った麦わら帽子

葬式の香典返しも様々かも?

 こちらの火葬に参加すると、香典返しのような物(?)が配られることがある。参列者が、棺桶を載せた山車をロープで引っ張りながら火葬場に向かう場合には、野辺の送りで暑い陽射しを避けるために、参列者に故人の名前入りの麦わら帽子が1人1人に配られる。なるほど、これは野辺の送りの後でも野良仕事に使えるので重宝する。・・・

 もっとも今回は雨季の雨の降る中での野辺の送りで、麦藁帽子が雨傘の役割をすることになったのだが、持ち帰っても、今後とも使えることには間違いない。

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 今回の火葬場では、プラクルアン(พระเครื่อง・仏像や高僧像のお守り)と、近くの寺の住職のポスター(?)の2つが配られた(上記写真)。四角いプラスティック箱に入ったプラクルアンは、家の中のどこかに置いておけば邪魔にならない。

 だが、住職のポスターには、捨てるわけにもいかず、かといって壁に貼っておくわけにもいかず、“有難迷惑”で処分に困ってしまう。(などと言ったらバチがあたりそうだが)

  <戒名の入ったお墓を建てることに

 チェンマイやチェンライなどに長く暮らしていた日本の方がなくなっての葬式参列は、たぶん7回か8回であろう。でも、今回のMさんの葬儀は、これまでの葬儀とはまったく違った点がある。

 それは、亡くなったMさんの家に最も近くに住むNさんが、日本の僧侶のようにお経をあげられることもあって、残されたタイ人の奥さんの要望もあって、Mさんの墓を建てることを手伝うことになったようだ。

 確かに、生前のMさんは自分の邸宅の後ろの見晴らしの良い斜面にでも、自分の墓を建てたいと私に語ってくれていた。

 だが、奥さんが地区役所に、墓を建てて墓地にする計画を相談したのだが、集落民の許可がないとできない、と断られた。ところが、Mさんの菩提寺に当たる近くの大きな寺が、墓を建てても構わないとの許可を与えてくれた。

 そこで、Mさんと最も近い近所で、最も親しかった知り合いのNさんが、墓の設計図を描いた。四角い墓標であるが、設計図にはちゃんと戒名が記されている。その戒名はNさんの知り合いの日本の僧侶が無料で贈ってくれた。

 ナコンサワンの石加工場にすでに設計図を送って、可能かどうかを問い合わせている段階だそうだ。これまでチェンマイやチェンライで亡くなった日本の方は、タイの風習に従って墓は作っていない。

 でも、日本人としては残された家族や親戚、それに親しかった日本人のためにも、“墓ない人生で忘れ去られる”のはいかがなものだろうか?

 たぶん、数が月後には立派な墓にお目にかかることができそうだ。そして、お寺の境内の片隅にでも“Mさんの墓地”ができそうだ。その時には、墓ができるまでの詳しい経緯をまた報告したいと考えている。

 日本では、死後の墓を建てるのに、残された家族に迷惑を掛けないように、“生前墓”を建てておくのが普通になってきているようだ。チェンマイでも、費用も含めて墓地や墓の問題がそれなりにクリアーできるならば、墓地に“生前墓”を建てたい在住日本の老人が出てくるのではなかろうか?

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posted by 新明天庵 at 01:00| Comment(1) | 北タイ暮らしの日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は亡妻の実家近くのお寺に高さ2米程の仏像を建立させて貰いその台座に遺灰を納めてあります。私も死んだらそこに入れて貰う事になっています。
Posted by 菅 久雄 at 2018年09月17日 13:25
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