2018年08月31日

チェンマイ田舎庵の隣り地区の知り合いの日本老人の葬式・その1

 <チェンマイの田舎暮らしの定住日本老人がまた1人亡くなる
 チェンマイ市内から約1時間以上かかる、私が暮らすチェンマイ田舎メーテン郡には、知っているだけで日本老人が8人(郡は広いので他にも定住している日本の方が少しはいると思われる)。・・・

 皆さん揃って、タイ人の奥さんと一緒に暮らしている。(チェンマイ田舎で、日本老人が単身で暮らすなど、現実的にできないと思う。)

 でも、数年前に1人がガンで亡くなり、そして数日前にもう1人が腎不全で亡くなった。よって、残っている知り合いの日本老人は6人に減った。

 亡くなったMさん(今年で72歳?)の家は、庵からバイクで15分ほどの近さで、以前は散歩がてらに月に1回程度は訪問しては、世間話をしていた。奥さんが親切な方で、日本に長く一緒にいたらしく、日本語で会話ができる気楽さもあった。

 建設関係の会社をやっていたようで、財産もあるようで、年金ももらっていたので、まあまあ経済的に余裕のある暮らしぶり。集落から離れた奥まった山裾の林を購入し、切り拓いた広い敷地の中に、邸宅と呼んでもおかしくない大きな立派な家を建てていた。

 その邸宅がちょうど丘の上に位置して、家のテラスからの前方の自然の眺めは最高。老後を山の自然に囲まれて静かに過ごしたい日本人には最適の立地であろう。

 家族であるが、東京の外国語大学に学ぶ娘さんと、そのタイ人旦那さんも外国語大学で日本語を学んでいるようで、夫婦で日本人並みの日本語能力を持っているとのこと。Mさんの自慢の娘夫婦そのもの。

 葬式なので、一時戻ってきたMさんの自慢の娘夫婦と少し言葉を交わしたが、2人とも日本語の読み書きでできるくらい達者な日本語能力には驚かされた。

 誰が見ても、優しそうで温厚そのもののM老人。訪問すれば好々爺ぶりで歓待してくれるのだが、自分から知り合いの日本人を訪ねることは滅多にしなかったようだ。それで、15年以上もチェンマイ田舎に暮らしていても、葬式に参加した日本人は私を含めてわずか3人という結果になっている。(それはそれでMさんも天国で喜んでくれているであろう)

 だが、2年ほど前に、Mさんが私の妻がやっているケーキ&フード店に、奥さんとやって来てくれた。私がチェンマイ市内に居た時間帯で、後でわかったことだが、Mさんが酒を飲み過ぎて悪酔いして、店の関係者と喧嘩になった。

 そのような気まずいことが店であったので、当分の間、Mさんの家に行くのは控えていた。それにMさんは、日本とチェンマイを行き来していて、1年のうち半分ほど留守にしていて、折角訪問しても不在の時も少なくなかった。

 家に訪ねるのを止めて、それが、ずるずると伸びて2年近くなってしまっていた。そして、数日前に、Mさんの近くに住むNさんから、突然Mさんの訃報を知らされた。聞けば、1年ほど前から病気がちだったとのこと。

 葬式(火葬の日が正確かな?)には、亡くなったMさんの近所に住むNさん、それにチェンマイ郊外のサンサイ郡に住むTさん。Tさんは、チェンマイに来る飛行機の中で亡くなったMさんと偶然知り合いになって、それ以来、幾度か会って話しているそうだ。

 Tさんの紹介で、Nさんが近くに住むMさんを知り、そのNさんからMさんが近くに住んでいること知らせてもらったということになる。

 <タイの田舎の葬式には慣れてしまったかも?

 当たり前だが、寺もあって僧侶もいる同じ仏教とはいえ、タイの葬式と日本の葬式はまったく別物。妻の実家である庵田舎に暮らし始めた当初は、葬式があれば必ず妻と一緒で、葬式の行儀作法をいちいち教えてもらっていた。

 ところが、妻の親戚関係やこちらに定住している日本老人の葬式を繰り返しているうちに、当地の葬式にもある程度慣れてきた。「私も一緒について行こうか?」との妻の申し出を断り、バイクに乗って1人で出掛けることに。

 香典であるが、“知り合いの日本人ならば500バーツ”が適当との妻の助言に従った。日本みたいな形式が決まった“立派な香典入れ”は、こちらにはない。お気軽に白い郵便封筒にお金を入れて、名前だけ記入。

 葬式に参列する場合、昼前の10時半から11時頃に行けばちょうど良い。その時に行けば、僧侶が何人か来てお経をあげているので、テント下の椅子に座って、両手を合わせて他の参列者と一緒にお経を聞けば良い。もちろん、パーリー語らしいお経などまったく解せない。

 亡くなった人の家に、10時半過ぎに到着。邸宅の入り門を入ったところに、棺の入ったお寺の模型のようなパッサート飾りが祀ってある。その飾りの前に、線香が用意してあり、その線香1本に火を点けて、花で囲まれた遺影の額縁写真に向かって拝む。

 その場所に、賽銭箱のような四角い箱が置かれており、その中に用意してきた香典入り封筒を入れる。それが終わったら、参列者用テントの下の空いている椅子に座って、僧侶のお経の始まるのをひたすら待つ。

 この時にはあいにく小雨が降り出してきて、僧侶の到着が遅れるようで、昼食皿がテント下の各テーブルに運ばれてきた。家々により昼食メニューは異なるが、今回は透明ビニール袋に入ったご飯、野菜豚肉炒め、鶏のから揚げ、タイお菓子、ナムプリック(辛子味噌)、生野菜セットであった。各自がスプーンなどで小皿に分け取って頂く形式。葬式に出る昼食はこんな類の無難なメニューと決まっているようだ。

 臭くて辛いナムプリック(辛子味噌)や生野菜以外は、日本人でも抵抗なく頂けるので、タイの葬式に出ての食べ物の心配は、そんなにしなくてもよいだろう。それに数人用のブッフェ形式の昼食なので、無理して食べる必要はまったくないのであるから。

 昼食を食べ終わってしばらくして、雨の降る中を6人ほどの僧侶(葬式の僧侶の数は偶数?)がワンボックスワゴンに乗って到着。家の中に入って、家族や親族などの前に並んで座って、葬式のお経を唱える。その儀式のお経は、スピーカーを積んだ音響一式ピックアップトラックから周囲に流される。

 我々一般参列者は、家の外のテントの下にいるので、家の中のお経の儀式はまったく見えない。そこで、テントの席から家の僧侶がいる方向に向かって、両手を合わせてスピーカーからのお経を黙って聞くだけ。

 葬式の通夜や当日には、棺は家の外に置かれる。その棺は、玄関の中に置かれたパサート飾りの中に納められる。

 僧侶と家族親族の葬式や通夜の儀式は家の中で執り行われることが多い。棺の中の仏様となった故人ではなく、あくまで来てくれた僧侶に向かって手を合わせて拝むことになる。これには、日本人としては、「棺の中の仏様」に向かって、僧侶も参列者も手を合わせてお経をあげるのが、理にかなっているのだがなあ? 」と、どうしても首を傾げてしまう。

 もっとも、よく観察すると、家の外の棺からは白い紐が伸びていて、家の中でお経をあげている僧侶全員の手まで繋いでいることがわかる。その白い紐を通じて、棺の中の仏様とつながっているということなのであろう。雨が降ってきたこともあって、いつもよりは遅れての野辺の送りの出棺。

 私はバイクでここまで来たので、雨の中、またここまで戻ってくるのが面倒。なので、雨合羽を着て、火葬場にひと足先に向かうことに。{続く}

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posted by 新明天庵 at 12:00| Comment(0) | 北タイ暮らしの日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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