2016年08月13日

北タイ国境探検・チェンマイ市内から最も近いミャンマー国境 

  <タイ・ミャンマー国境市はミャンマーが国境開けず!>

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  国境地名看板とタイ側の国境柵

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  国境柵の少し手前からの光景

 チェンマイ田舎庵から北方約90キロの距離に、チェンダオ郡アルノータイ中国人村があり、その村の外れに、ミャンマーとのキュウパーウオック国境検問所がある。ところが、ミャンマー側が国境を閉鎖して、開けようとしないままの状態が長年続いている。
 そして、ついに先日、ミャンマー側が特別に国境を開いて、特別に5日間ほど国境市場を開催することで、両国が合意。・・・

 ところが、この10数年間で幾度か特別国境市場開催が両国政府で合意。でも、そのすべてが、その当日になると、ミャンマー側が約束を守らず国境を固く閉ざしたままで終わっていた。

 今回も8月12日のタイ王妃82歳の誕生記念日を祝賀して、8月10日〜14日までの5日間両国による特別国境市場を開催することに(ココを参照)。 

 これまで幾度も“国境市場再開”に肩透かしを食らっているので、立派過ぎる宣伝ポスターを横目に、「また、騙されるに違いない!」と、極めて冷ややかに受け取ることに。しかし、悲しいかな、北タイ怪しい国境探検隊を自認する以上、騙される可能性が高いとわかっていても、「止めてくれるなおっかさん、行かねばならぬ!」と使命感に燃える。

 そして出かけました。あわよくば、ミャンマーから国境を越えてきた若い娘さんをたくさん見学できて、ミャンマーから持ち込まれた珍しい品々を購入できるかもしれない。期待に胸をふくらます一方で、国境市場がなかったら、アルノータイ村の雲南国境餃子を持ち帰れば、無駄にはならないだろうと“逃げ道”も考えていた。

 昼過ぎに、中国人村からその外れにある国境ゲートへ向かう辺鄙な道に達する。国境ゲート手前の検問所で、「ゲートまで行くのは禁止!」と兵士に言われUターンを余儀なくされるので、普段は車両の行き来など皆無に近い。

 でも、今日は行き交う車やバイクが異常に多いではないか。これなら、国境市場が開かれているに違いないと確信。いつもはそこでUターンさせられる検問所だが、紅白の遮断棒は上にあげられたままで、自由に通過出来るではないか。

 そして、5年ぶりぐらいに、小さな谷間に大きな国境柵が行く手を阻む、文字通り国境線ゲートに達することができた。タイ側の国境柵の数十メートル先にはミャンマー側の国境柵が眺められ、柵と柵の間の緩衝地帯には掲揚台があり、両国の国旗が仲良くひるがえっている。否、風がなくて垂れたままで、写真にならず残念。

 タイ側国境柵の出入り口はちゃんと開けられて、出入り自由にしてある。しかし、向こう側のミャンマー国境の柵の出入り口は固く閉ざされたまま。柵の横のイミグレ建物も固く閉ざされ、迷彩服の兵士数人が、その建物前で見張っている。

 「これは、ミャンマー側がまたまた約束を破って、国境出入り口を閉ざしたままではないだろうか?」との疑念がわく。国境柵前で警備していた兵士に、そのことを尋ねると、案の定その通りだった。

 タイ側出入り口をせっかく開けたままなので、向こう側の緩衝地帯に入ろうとしたら、「だめだ!こちらから見えないが、向こう側にはミャンマー軍兵士が銃を構えて、こちらを見張っていて危険だ!」ときつく制止された。

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 ミャンマー側から歩いてきてタイ側に入ったYさん(?)

 仕方ないので、同行のYさんにミャンマー側から歩いてタイ側に入ってきたミャンマー人のモデルになってもらい、上記のような“決定的な写真(?上記)”を撮った。さて、国境柵手前の以前に造成し終えた国境市場敷地に足を向けることに。

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 両国のブースがならぶ国境市なのですが・・・

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 チェンマイ市内基点にここまで140キロです

 テントを多数並べて、タイとミャンマーのブースを多く設けてある儲ける。「MYANMAR 5」などと国境向こうからやってきたミャンマー側のブースも10個以上ある。だが、そのすべてが、もぬけの殻。なんのことはない。来る筈のミャンマー商人が、ミャンマー側が国境を開けないので、誰1人くることができなかったということだ。

 期待してやってきたタイ人商人も、昼過ぎに早々とブースをたたんで引き上げにかかっているではないか。ミャンマーに騙されて痛い目にあった・・・という怒りがおさまらないであろう。両国の文化交流のステージも、タイ側だけの発表だけで終わり、その後は使われることなく新しいままで空しく残されている。

 国と国との国境市場開催の約束。それが、当日になって簡単に破棄される。これでも、これまで通りの平穏な国境に保たれる。これなどは、どうも理解できない。

 この背景には、この国境向こうは、ミャンマー中央政府に対して独立を闘っているシャン族(タイではタイヤイ族)のシャン州であるということがあるに違いない。つまり、ミャンマー中央政府の支配下区域でない(たぶん)ということが、国境を開くことができない最大理由ではなかろうか。

 昨年末にAEC(東南アジア経済共同体)が発効し、アセアン10ヶ国での人や物の動きを原則自由化して行こうという流れになってきている。ミャンマーも軍事政権からアウンサンスーチー政権に変ったこともあり、タイ・ミャンマー国境は解放される流れになってきている。

 この大きな流れを押しとどめることはできないので、チェンダオのミャンマー国境も、今回は失敗したが、まずは国境定期市開催実現から、国境開放の1歩になるに違いない。やはり、メーサイ国境などのように、外国人旅行者も行き来できる国際国境としては、少なくとも数年以上はかかりそうな気がする。

 ちなみに、国境を去ろうとするときにハプニングが。ミャンマー人グループ数人が、タイ側国境柵出入り口で、厳しい持ち物検査を受けている光景に出くわす。ひょっとしたら、ミャンマー側に帰国するのではと注目。彼らは緩衝地帯を歩いて、閉ざされているミャンマー側国境柵の出入り口ドアーをノックするではないか。すると、ドアーが開かれて、彼らはミャンマー側に入国して、すぐにドアーが閉められた。

 一瞬ではあるが、両国の国境出入り口が開いて越境したのだ。ここで人の越境を目撃したのは最初のこと。草木が生い茂りそのミャンマー国境柵の向こう側がうかがい知れないのだが、通る道があり、ミャンマー軍兵士が隠れていることは確かなようだ。

 また、一応国境市の人出を期待して、タイ側ブースにラフー族などの民族衣装を出展したタイ人女性。一緒に来たその旦那さんが日本人で、埼玉県出身でアルノータイ村近くのノンキョウ村に住んでいるということ。まさかと思うところにも日本人が住んでいるのですね。

 彼によれば、我々以外にも日本人が2人ほどここに見学にやって来たとのこと。”北タイ怪しい国境探検隊”は決して孤独ではなかった。さて、次はどこの怪しい国境探検にでかけようか?



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posted by 新明天庵 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ミャンマー(ビルマ)国境情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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